暗号資産関連論文

寄稿レポート:先行研究の調査を通じて考える学問としてのCryptoeconomics

暗号資産・ブロックチェーンのリサーチコミュニティd10nLabでは、伊藤謙介さん(Twitter:@knskito )による寄稿レポートを公開しました。

伊藤謙介さんプロフィール

東京大学大学院学際情報学府博士課程在籍。
自律分散組織に求められるインセンティブ設計について研究を行なっており、知的財産や美術市場の設計に関心を持つ。
共同執筆の論文”Information Diffusion Enhanced by Multi-Task Peer Prediction”が国際カンファレンスiiWAS2018にてbest paper awardを受賞。美術手帖2018年12月号にて「P2Pネットワーク上に文脈を累積させるプロトコルは設計可能か?」を執筆。

暗号資産のインセンティブ設計を考える上で、Cryptoeconomicsと言う単語がしばしば持ち出されます。しかし、Cryptoeconomicsの明確な定義や学術上の位置付け、論点をまとめたものはこれまで国内外を通じてありませんでした。

本レポートではミクロ経済(メカニズムデザイン)の文脈でCryptoeconomicsの位置付けを試み、その本質や特徴を明らかにしています。また、経済学に馴染みのない方でも理解できるように難解な数式等は用いていません。
点と点がつながり一つの学問像が立ち上がる際の知的興奮を体験できますので、ぜひお読みください。

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目次
Cryptoeconomicsはメカニズムデザインに分類出来る
Cryptoeconomicsは15年以上前から類似の概念が存在する
Cryptoeconomicsはトークン形式の報酬が新規性である
おわりに
各トピックに関する補足資料
参考文献

本レポートの目的は、最近多く言及されるようになったCryptoeconomicsという概念について、先行研究の調査を通じて学術的な位置付けを明確化することです。Cryptoeconomicsはビットコインに代表される暗号通貨が持つ新規性を端的に示す重要な概念である反面、現状では技術者達による発表や寄稿にて散発的に紹介されるに留まっており、明確な定義が存在し広く共有されている訳ではありません。そのため、学術的な観点から関連する議論を整理することには一定の意義があるでしょう。

具体的に、まずはCryptoeconomicsに触れている数少ない論文の1つであるDavidson et al.(2016)を引用しながら、この概念がメカニズムデザインの研究分野に分類出来る点を指摘します。次に、主要なサーベイ論文の要旨を示しつつ、Web工学の分野においてCryptoeconomicsに極めて近い概念が2000年代前半には既に提唱されていた点を指摘します。そして最後に、過去の議論ではカバーされていないCryptoeconomicsの新規性がトークン形式の報酬にある旨を指摘します。

直感的な理解を優先すべく、本レポートは全体像の説明に注力しており、先行研究における主要な概念や代表的なモデルに関して数式を交えた詳細な説明は行っておりません。代わりとしてレポートの最後にオンラインで閲覧可能なものを含むいくつかの資料リストを付記しているので、もし議論をより詳細に確認したい場合にはそれらをご参照いただければと思います。

Cryptoeconomicsはメカニズムデザインに分類出来る

冒頭に触れた通り、現時点ではCryptoeconomicsに明確な定義は存在せず、当然学術的に議論が体系化されている訳でもありません。そのため関連する学術論文の調査は難航しましたが、以下にその過程で発見したDavidson et al.(2016)によるCryptoeconomicsの議論を要約します。ここで述べられている内容は、筆者個人としても特に異論はありません。

曰くCryptoeconomicsは、

ミクロ経済学の一分野であるメカニズムデザインの更に一分野に位置付けられる。
(Ethereumの主要開発者である)Vlad Zamfir氏によって以下の内容で初めて定義され、経済学のための暗号学ではなく暗号学のための経済学を志向している:

A formal discipline that studies protocols that govern the production, distribution and consumption of goods and services in a decentralized digital economy. Cryptoeconomics is a practical science that focuses on the design and characterization of these protocols.

分散型デジタル経済における財・サービスの生産、流通、消費を管理するためのプロトコルを考える形式陶冶。Cryptoeconomicsは、これらのプロトコルの設計と特徴づけに焦点を当てた実用的な科学である。
(Ethereum考案者の1人である)Vitalik Buterin氏も以下の概念を示すためにCryptoeconomicsという造語を用いている:

any decentralized cryptographic protocol “that uses economic incentives to ensure that it keeps going and doesn’t go back in time or incur any other glitch”.
「時間を遡ったりその他不具合を起こしたりすること無く動き続ける状態を担保するために経済的なインセンティブを用いる」分散型の暗号学的プロトコル全般。

以上の内容から、分散型のシステムを機能させるために暗号学的技術と経済学的なインセンティブ設計を組み合わせたプロトコルを考えることをCryptoeconomicsの大意と考えて差し支えないでしょう。この概念の背後にはNakamoto(2008)によるビットコインの設計が存在します。Nakamoto(2008)は論文の題名が示す通りPeer-to-Peer(P2P)ネットワーク上で機能する電子通貨を提案しましたが、単に電子署名によって本人からの送金である旨を担保するだけでは二重送金の問題を防ぐことが出来ません。

そこで、ハッシュ関数とブロックチェーンを用いた合意形成アルゴリズム(Proof of Work及びナカモトコンセンサス)によって有効なブロックの作成に計算資源というコストを課し、さらに検証者達への報酬をシステム全体の価値と連動するビットコインそのものにすることによって二重送金などの不正取引をブロックに含める行為に経済合理性を無くすという対応策を提示しました。Cryptoeconomicsは、このような暗号学的技術とインセンティブ設計の合わせ技というビットコインの新しい課題解決アプローチを端的に表す概念なのです。
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